治る力

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市川加代子(京都在住)
「心と身体の科学研究所」代表 /「有限会社ひまわり」代表

宣言
私達は、地球を愛し、自立的且つ創造的な暮らしを推進します。
私達は、父母から受け継いだこの心身を喜びをもって健全に運営します。
私達は、どんな状況からも学び、愛と健康をこの世界に満す行動をとります。
私達は、人の中の治る力を見い出し育みその人本来の生き方へ貢献します。
私達は、過去に捉われず“今ここ”の命を存分に活かすことに全力を尽くします。

自らの病気、家族のガン、子供の死をきっかけに、分子矯正栄養学、中国伝統医学、ヨガ、気功、整体、米国LNP、マクロビィオテック、イトウテルミー、手技など学び、現在全国に講演・手当法講習、講座・執筆活動など展開しています。
私の歩みや、思い、考え方について、あらたまってここで書くよりも2005年9月の”いのちのたんぼ”で掲載された、編集者の方のインタビュー記事「いのち匠」を読んで頂いたほうが、分かりよいと思いますので、全文ご紹介いたします。

月刊誌”いのちの田圃”(発行・編集)人間出版
監修)NPO法人ガンの患者学研究所

ひまわりでは、どんな状況にあろうとその方の「治る力」を全力をあげて引き出す技術、食養、励ましで、勇気と希望と元気を発信しています。


対談シリーズ(その1)こちらをクリックしてください本文が現れます。

市川式手当て法「いのち匠」

ひまわり 心と身体の科学研究所代表 市川加代子さん(56歳)
病を治す決め手、自然治癒力。その力を最大限まで高める「いのちの匠」。
その知られざる技と哲学を伝えるシリーズ。第十回は市川加代子さん。ビワ葉やコンニャク、生姜などを使った民間療法を二十四年。
人間を深く愛する心と、あくなき探究心を持ち続けて「市川式手当て法」を確立。


編集 ガン患研主催の「市川式お手当て実習会」は毎回、二、三日でキャンセル待ちになってしまうほどの大人気で。
参加者の中には感激して泣き出す人もいます。不安げに来られた方々が、帰るときはみなさん例外なく、顔色が良くなって、にこにこして…。
私もお手伝いしていて、とてもうれしくなってしまいます。

市川 カンカンだったお腹が、みるみる柔らかくなるんですからね。ほんとに、やっている私の方が感動しますよ。

編集 前回も、腕が太ももほどにバンパンに腫れていたリンパ浮腫の方が、どんどん腫れが引いていきましたね。乳ガンのカチンカチンだった固いしこれりがみるみる柔らかくなって、周りの人から、思わず拍手がおこつたり。

市川 グループで、やるのもいいですね。周りの人の励ましで、やる気になりますね。

編集 針灸師の方や、西洋医学の医師の方も参加されていますが、ビワの葉をあてて、ゆでたコンニャクを上にのせる、そんなことで皆さんの症状がほぐれていくのを目の当たりにして、思わず涙ぐむほどです。また先生の言葉掛けが、いいですよね。「あなたの中に、治るカがあるんやから」「治るシステムに間違いはないんや」とか。ちょっと、誌上では再現できそうもありませんが、そうなんだ、私は大丈夫なんだって思えてしまいます。

市川 お手当てはね、まず体験してほしいですね。理屈はあと。気持ちがいいし、身体が変わってくるのが分かります。

編集 そもそも、先生はどうしてお手当てをやられるようになったんでしょうか。

市川 私が二十二歳のときのことです、主人の母が胃ガンになったんです。もう、胃がほとんどガンに冒されている状態でして、胃を全摘しました。リンパにも転移をしていて体力の消耗が激しく、四十三キロあった体重が、三十二キロにまでなってました。退院後に腸閉塞を起こしたんです。

編集 とても痛いんですよね。

市川 もう転げ回って痛がります。洗面器一杯ほども、緑と黄色の胆汁を噴水のように吐いてね。

編集 緊急手術ですね。

市川 救急車で運ばれていったんですが、この体力で切ったらいのちが危ない。絶対あかん、ちょっと待ってくださいってね。直感的にひらめいてお手当てをやったんです。お腹にビワ葉をあて、炒って熱くした塩を布袋に入れたのをその上に置くというやり方です。

編集 塩温石(しおおんじゃく) ですね。

市川 そうそう。必死でやっていたら、一時間もしないうちに、痛みが落ち着いてきて、本人が気持ちがいいと言うんです。うれしかったですよ。それなら、病院側も様子を見ようということになりました。私は泊まり込みで塩温石をやり続けました。すると、お腹がゴロゴロしてきて、四日目になるとガスがププウと出ました。ああ、これで通った、治ったんだ、やったあって。レントゲンでも確かめました。

編集 すごいですね。腸閉塞が治ったんですか。

市川 そうなんですよ−。

編集 そのころは、すでにお手当てを学ばれていたのですか。

市川 石塚左玄(注1)の本とか、築田多吉(注2)の赤本を読んで関心があったんです。でも、実際にやったのはその時が初めてでした。本を見ながらですから、こわかったでよ。正直言って確信はなかったです。でも、手術はいかん、これをやるしかないと、一所懸命でした。

編集 消化器系のガン患者さんは、腸閉塞になるのを恐れている方が多いですね。

市川 恐れることはありません。塩温石は効きますよ。その他にも効果のあるお手当てがあります。もちろん、毎日、ビワ葉温灸とかのお手当てをして腸閉塞にならないようにするのが一番いいんですけどね。

編集 お母様の腸閉塞は一回きりですか。

市川 いえ、その後も一年に四回とかの頻度で繰り返しました。救急車で運ばれるのですが、「加代ちゃんを呼んで」と言って私を待つんです。病院側も「どないしますか」って聞いてくれる。軽いときは野草を蒸したものをお腹にあてて、母自身が自分で治すこともありました。

編集 手術では、閉塞を起こしている部分を切るのですね。

市川 そうなんです。そんな単純な治し方しかないんか、つて思いましたね。閉塞を繰り返すと、その都度切るしかないと言うんです。腸がどんどん短くなりますよね、そしたら、どないなるんやって。

編集 信じられないですね。お母様はその後、快方に向かわれましたか。

市川 ええ。老衰で亡くなるまで二十四年健康に生きました。ビワ葉温灸も好きでしたね。母のお陰で、私たちも玄米菜食を始めたし、お手当ての威力というか、人間の治るカを目の当たりにしたんですから、今の仕事をする上で、何事にも変えられない自信と確信になりましたね。

編集 初めてされたお手当てで、素晴らしい効き目があったんですね。

市川 息子もね、生後まもなくからひどい喘息とアトピーだったんです。病院でもらう薬が、発作の度に薬がきつくなっているのに気がつきましてね。

編集 薬は症状を抑えるだけで病気そのものは、治っていないということですね。

市川 そうそう。どんどん症状が進んだらどないなるのやろかって、こわくなって…。それで、思い切って薬をやめました。乾布マッサージや野草のお手当てをし、乳製品と砂糖も一切やめたら、三歳半ぐらいまでに良くなってきました。

編集 先生ご自身も身体が弱かったそうですね。

市川 青白い顔してガリガリで…。でね、二十四歳のときですけど、子育てしながら仕事を三つもするという無茶をしていて、とうとう五つも病名をもらって、緊急入院。C型肝炎、急性膵炎、胆嚢炎、筋炎、腎臓炎に貧血。

編集 すごいですね…。筋炎とはどんな病気ですか。

市川 筋肉が炎症を起こしていて、カを入れるとそこがはじけて皮膚が破れるんです。ものすごく痛い。特にカが入る足の筋肉とか腕とかがひどい。動くと症状が悪化するので包帯ぐるぐるで、ベッドにくくりつけられてトイレにもいけない。C型肝炎も重症やったし、いつ死んでもおかしくない状態でした。

編集 入院して、一時的に危機を脱されたのですか。

市川 それが、薬が合わなかったんです。点滴すると、全身悪寒、チアノーゼのように唇が青くなりまして。飲み薬もやはり駄目。先生もお手上げで、消化剤しかくれなくなりました。

編集 たいへんな状態ですね。

市川 考えてみたら変なんですけど、母にはお手当てをしていたのに、私はというと、薬をほんとによく飲んでいました。忙しいので、その場しのぎできたんですね。その影響で、拒否反応があったのかとも思います。薬も飲まないでベッドで寝ていて、食養の本を思い出して、徹底的に噛むようにしたんです。重湯も水もお茶も。ゆっくりゆっくり。一時聞かけてもホンの少ししか食べられませんでしたが、驚いたことに、次第に症状が良くなってきたんです。

編集 噛むことの効果はすごいですね。

市川 それとね、歩きましたね。病室にオマルおいてもらうことから始めて、注意して歩いてトイレに行くようにしたら、尿もよく出るようになりました。

編集 身体を動かすことは、どんなときでも大切なことなんですね。痛いとつい、寝てばかりいがちですが。

市川 出来ることをなんでもしようと思いましてね、身体はそこら中痛いんですけど、自分の指先をマッサージしていったら、少しずつ痛みがほぐれてきました。で、あんなにひどかったのにと、周囲がびっくりするぐらい早く、二ケ月程で退院。

編集 ご自身の工夫と努力で回復されたんですね。

市川 身体からカがよみがえってくるうれしさをしみじみ感じました。入院中にね、西洋医学じゃない方法で、病気の人を治していくのを一生の仕事にしようって、決めました。

編集 そして、勤められていた保育園をやめられて「ひまわり健康センター」(現ひまわり)を始められたんですね。

市川 開設までには、様々な準備や勉強が必要でしたので、実際は十年近く後になります。さらに、東洋医学、分子栄養学、整体、食事療法から、心理カウンセリングまでもう、役に立つことはなんでも吸収してきました。

編集 そして、二十四年目を迎えられたということですが、ガン患者さんもずいぶん来られますか。

市川 たくさん見えられますよ。実を言うと、ガン患研主催の「千百人集会」から、覚悟が決まってきましたね。ガンは、正直手間もかかるしね、たいへんです。でも、皆さんの治るカを確実に引き出せるお手当てを、ぜひ、覚えてほしいんです。ここが私の出番やでって(笑)。ガンの人は自分のいのちにかかわることで、私の所に来てくださる。なら、私もエネルギー満々にしとこう。最大の自分をお伝えしようと思ってます。だから始めての方は一日お一人しか予約を受け付けないことにしました。じつくりお話を開いて、治るための方策を一緒に練ります。

編集 実際、どのようにして治っていかれますか。

市川 この間来られたoさんという乳ガンの方、パンパンに足も手も腫れてたんです。お腹は便が出なくてカチカチ。塩温石を二時間位徹底してやりました。するとね、もう、やっている最中からトイレ行きたくなって、コロコロ便が出て。お腹も柔らかくなり、尿も出るようになって、大喜びで帰られました。

編集 一日でみるみる良くなっていくなんて、病院では期待できないことですね。

市川 この方の場合は、二時間で身体が変わってきましたが、遠方の方や、なかなか身体が反応しない方は、二日ぐらい続けて来てもらいます。塩温石で反応がなくても、次の日、手足温浴で見事に便が出て、痛みがとれた方もいました。

編集 何かの反応をつかむまではやってみるのですか。

市川 そうですね。あ、これが身体が動くことか、これが、治っていくということだとわかったら、あとは実賎です。治る人は身体のいい反応を敏感に感じ取り、ほんのちょっとよくなっても喜ぶ。喜ぶのでまたやる。するとまたいい。そういういい循環ですよ。私の友達のお父さんですが、胆管ガンになりまして、電話でビワ葉温灸の説明をしてあげると、よしわかったって。そして毎日やって三ケ月でガンが消えた人がいます。医者は手術を勧めたのですが、検査をしたら、まったくなくなっていたということでした。

編集 自分でやったら、うまくいかないと言う方もいますね。

市川 不安でいっぱいの人は、身体の変化を感じないか、あるいはどんな変化も悪い方にとるようですね。それにね、半信半疑で、治るやろかって思っていたら、どうしてもいい加減になりますね。

編集 痛みがあるときなど、一度やってとれないとああやっぱり駄目だと思つてしまうのでは・・・。

市川 東洋医学では、「症状即療法」と言いますが、症状が出て来たら、そのときが治すチャンス。痛みが無くなるまでこだわって、徹底的にやるんです。すると必ず良くなっていきます。

編集 いったん消えた痛みがぶり返すこともありますか。

市川 ありますね。そのときは、またチャンスと思ってお手当てを続ければいいんですよ。絶対少しずつ変ってきます。痛みが違ってくると、体験した人は言いますね。肝臓ガンでものすごく痛みのあった人なんですが、痛い痛いつてそこら中、飛び跳ねてね。で、半身浴をして、出てきたら、飛び跳ねて、また入る。それを痛みが無くなるまで繰り返してよくなったそうです。

編集 新潟大学の安保先生も、病気の症状は、治癒へ向かっての反応だとおつしやつていますね。

市川 みなさんにわかってもらいたいことですね。

編集 ガンの方で、これといって症状が出ていないときもありますね。

市川 私は、慢性期と急勢期に分けて考えています。急勢期は症状が出て来た時、痛みや腹水などがあるときで、緊急時とも言えますね。その時は先ほどのようにこだわってやります。慢性期は、これと言って症状がないが、それでも身体の冷えや便の状態がそれほど良くないというようなときですね。みなさん、ガンのある場所ばっかりやりがちですが、身体全体の免疫力を高めるお手当てを、十分にすることか大切です。

編集 生姜や、コンニャクがあったりといろんなお手当てがありますね。

市川 その人のしたいと思うものが、その人に合ったお手当てです。私のお気に入りは一人でする全身生姜奄法。裸になって閉め切って「だれも来んといてな−」って言って、やるんです。疲れもす−っと飛んでいきます。よだれが出るぐらい、いいですね(笑)。肺ガンの男性の方で、もちろん他の手当てもされていましたが、畑の土踏み法が気に入って、一日二時間も三時間もされて良くなった方がいました。酵素風呂が気に入って通いつめ、治ってから、そこの従業員になった肝臓ガンの方もいらっしやいましたね。

編集 気持ちのいい方法が、むしろ治癒への近道なんですね。ところで、先生が積み重ねられてきた技法を網羅した、市川式お手当ての本とビデオがようやく今秋、発売の運びとなりました。準備が始まって、実に三年です。

市川 私も、考えがどんどん膨らんできて・・・。〈やるからには どこにもないものにしたいですからね。そしてね、お手当てが出来る人を二万人つくるのが私の夢。

編集 すごいですね、二万人もですか。

市川 そうしたら、世の中が変わりますよ。病気で苦しむ人がいなくなるって思うんです。

編集 力強いお話、ありがとうございました。

(注1)石塚左玄…食養学の祖。幕末、明治に活躍した医師。
(注2)築田多吉…明治、大正時代の元軍医。『実際的看護の秘訣』(通称『赤本』)は民間療法のバイブルと言われる。


対談シリーズ(その2)ポッドキャストシリーズ(只今準備中)

 

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